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日本庭園の文化と松島

 投稿者:京野英一  投稿日:2009年 1月23日(金)18時51分10秒
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  日本庭園の文化と松島・雄が磯の相違性について・・・・我が国固有の庭園文化が形造られた時期は江戸時代と思われる。作庭者は有名な小堀遠州などで、庭園は桂離宮をはじめ、水戸の偕楽園、岡山の後楽園、金沢の兼六園等である。これら宮廷、大名の名園に共通する事は「観月の舞台として茶道を営む書院や草庵を配置した創り」と思われる。従って茶室は、八月十五日(中秋の名月)を愛でるため、すべて東南方角に面し、池水が曳かれた配置になっている。広い池が設けられない土地には枯山水の庭が施され、月明かりに照らされる書院の配置である。源 融が平安時代、京都・六条河原院に「塩竃の浦」を造り、「塩焼く煙」で風雅を楽しんだ物語が「伊勢物語」に記されている。日本には「松島の月」を東南にして、月明かりを海に映す空間を庭園原型とした事例が多い。歌枕「雄島が磯」の観月風景が京都・西本願寺に所蔵された「慕帰絵第6巻」に描かれている。これは観応二年(1351)の製作であり、以来能や禅茶の趣向が庭園と建築に融和され「日本庭園」が形造られたのではなかろうか。皆様の意見批評を待つ次第です。

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