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女皇「明正天皇」と仙台黄門政宗

 投稿者:京野英一  投稿日:2009年 4月27日(月)10時47分21秒
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  徳川幕府は家康亡き後、二代将軍・秀忠に引き継がれる。その時の中納言は伊達政宗である。水戸黄門が有名であるが、この仙台黄門が水戸の先代として大活躍した事は知られていない。家康に誓って二代秀忠とその子供たちの面倒を見たのが政宗である。将軍秀忠の長女・千姫は豊臣秀頼に嫁ぐ。嗣君・家光の姉に当たる珠姫は、加賀藩前田家二代藩主・利常に嫁ぐ。妹の和子(まさこ)は後水尾天皇を継いで、徳川家最初の皇族として女皇「明正天皇」となる。次に伊達家嗣君・忠宗は、播磨藩主・池田輝政の娘・振姫を二代秀忠の養女として正室に迎える。こうして豊臣家滅亡後、三代将軍・家光の兄弟は前田家、伊達家、池田家、天皇家と縁組を結んだ事になる。こうして大名と宮廷(公武)の合体組織が日本を統治し、江戸幕府260年安泰の基礎を創りあげる。現存する文化財に注目すると姫路城、二条城、桂離宮、江戸城、松島観瀾亭等がある。なお、珠姫の娘・富子姫は八条宮智忠親王に嫁ぎ、後水尾天皇の別荘となる桂離宮造営に貢献する。当時、秀忠、家光上洛の先達を勤めた政宗、忠宗は宮廷人に認められた大名文化人の代表であったと言える。とりわけ、伊達家が松島に施した桃山様式の庭園文化は近世日本庭園史の礎となった事は見逃せない。従って観瀾亭御座の間の障壁画は、醍醐寺三宝院の表書院や瑞巖寺の障壁画とともに国重要文化財に指定された。さらに観瀾亭併設の松島博物館には「仙台中納言政宗」の活躍が偲ばれる直筆状が所蔵されている。仙台黄門政宗の足跡なくして、特別名勝・松島はありえないと言っても過言ではない。

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