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    <title>『おくのほそ道』（曾良本）の宮城県</title>
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    <description>郷土史・街道編の立場から芭蕉の追体験を調査中です</description>
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    <title>お盆と靖国神社</title>
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    <description>　靖国神社は戊辰戦争・明治維新時、 新政府軍側の英霊（7751柱）だけを祀る社として明治２年創設。新撰組など旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍は対象外で、合津藩（白虎隊）や仙台藩、西南戦争の西郷隆盛ら薩摩軍も対象外とされた。
　その後、第２次大戦で殉死した軍人の英霊を祀ったのが靖国神社であろう。従ってアジア諸国が侵略者・日本軍を祀るこの社に政府関係者が参拝するので反発してきたと考えられる。もし西郷隆盛や白虎隊などを含む日本文化に寄与した（近代日本に貢献した）古人を 祀る寺院の代表であれば、政府関係者が参拝する事に諸外国も容認…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-08-24T07:40:41+09:00</dc:date>
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    <title>還暦後の同窓会参加して</title>
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    <description>昭和23年度に生まれた・・・団塊の世代が還暦を迎えた。７月18日卒業生330名の内、百余名が参加した。勿論、30名は物故者だったというから、すごい参加率だった。果たしてあと10年後の70歳、どれだけの同窓生が集まるだろうか。又恩師は何人参加していただけるだろうか。私に限った事ではないが、日本全国にこうした人たちが、様々なところで地域・日本を背負っている。さあさあ、自民党さん、あと10年後の地方にどれだけ明るい未来を約束してくれるのだろうか。民主党の皆さんにも、同じ事を説いたい。結果は8月30日だそうである。
少なくとも、松島に生…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-07-20T19:39:47+09:00</dc:date>
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    <title>松島に「おくのほそ道資料館」開設</title>
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    <description>元禄二年五月九日、松尾芭蕉は松島に宿をとり、あまりの感動の末、発句を断念し、寝付けなかった。その日から数えて今日が320年目の記念日である。この日に松島には「おくのほそ道資料館」が開設された。江戸から旅立ち、九十九里の松島に到着。雪月花を慕う芭蕉の心をとらえたのは、500年前以上も前に、雄島を訪ねた西行法師と見仏上人がともに眺めた「松島の月」であった。松島の資料館は芭蕉が滞在した「久之助の宿」跡に建つ。曾良は月夜を眺め、夜に鳴くほととぎすの声を耳にした。「松島や　鶴に身を借れ　ほととぎす」と詠んだ。芭蕉はそれどころでな…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-06-25T20:07:41+09:00</dc:date>
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    <title>まもなく「おくのほそ道資料館」が松島に開設される</title>
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    <description>まもなく「おくのほそ道資料館」が松島に開設される。その資料館は今から丁度320年前に松尾芭蕉が松島で宿泊した宿屋跡地に開館する。元禄二年のその日は陽暦で6月25日と言うからもうすぐである。曾良の日記には「松島に宿す。久之助と云い。」とあり、調査の結果、久之助は熱田屋の主である事が平成15年に判明したのである。紀行文には芭蕉は「予は口を閉じて眠らんとしていねられず」と記した「松島の月」がこの資料館から一望できるのである。芭蕉自身が句作を断念せざるを得なかったほどの「観瀾」の魅力を味わえるのが待ち遠しい。まさに待望の「光を観…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-05-24T23:09:57+09:00</dc:date>
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    <title>女皇「明正天皇」と仙台黄門政宗</title>
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    <description>徳川幕府は家康亡き後、二代将軍・秀忠に引き継がれる。その時の中納言は伊達政宗である。水戸黄門が有名であるが、この仙台黄門が水戸の先代として大活躍した事は知られていない。家康に誓って二代秀忠とその子供たちの面倒を見たのが政宗である。将軍秀忠の長女・千姫は豊臣秀頼に嫁ぐ。嗣君・家光の姉に当たる珠姫は、加賀藩前田家二代藩主・利常に嫁ぐ。妹の和子（まさこ）は後水尾天皇を継いで、徳川家最初の皇族として女皇「明正天皇」となる。次に伊達家嗣君・忠宗は、播磨藩主・池田輝政の娘・振姫を二代秀忠の養女として正室に迎える。こうして豊臣…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-04-27T23:07:38+09:00</dc:date>
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    <title>おぼろ月と花見「醍醐の花見」から４１１年</title>
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    <description>松島のホテル・ロビーで松島の写真コンテストが開催された。写真内容は日の出、夕日、紅葉、桜、梅、大別すると「花と太陽」だけの私には物足りないコンテスト写真だった。なんと言っても月の写真が１枚も無いのである。松島の月は１４世紀には中国までにその見事さが伝わり『おくの細道』には「扶桑第一の好風にしておよそ洞庭・西湖を恥じず・・・」「松島の月まず心にかかりて・・」とまで記された。勿論中納言・伊達政宗も当時日本を代表する歌人として松島の月を詠んでいる。新年度に当り、今年も月の写真を撮りまくる決心がつきました。「友よ、この指…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-04-04T08:59:02+09:00</dc:date>
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    <title>おかげさまでアクセス1万人達成しました。</title>
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    <description>1万人の人に観て頂いた拙いサイトです。もう少ししたら、年内には全面リニュアルを予定しております。テーマはもちろん「松島の月物語」です。西行、政宗、芭蕉、アインシュタイン等の人物が残した足跡と解明されていない疑問点に焦点をあててみたいのです。
一例として、西行が二度陸奥を訪れたが松島の和歌は詠まなかったその理由は・・・。「西行戻しの松」にご期待を・・・。読者のご意見を伺いたいものです。</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-03-06T09:54:22+09:00</dc:date>
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    <title>日本庭園の文化と松島</title>
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    <description>日本庭園の文化と松島・雄が磯の相違性について・・・・我が国固有の庭園文化が形造られた時期は江戸時代と思われる。作庭者は有名な小堀遠州などで、庭園は桂離宮をはじめ、水戸の偕楽園、岡山の後楽園、金沢の兼六園等である。これら宮廷、大名の名園に共通する事は「観月の舞台として茶道を営む書院や草庵を配置した創り」と思われる。従って茶室は、八月十五日（中秋の名月）を愛でるため、すべて東南方角に面し、池水が曳かれた配置になっている。広い池が設けられない土地には枯山水の庭が施され、月明かりに照らされる書院の配置である。源　融が平安…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2009-03-06T09:39:18+09:00</dc:date>
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    <title>アインシュタインの松島月</title>
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    <description>大正十一年（1922）、洋上のアインシュタインは日本に向かっていた。１２月３日十四夜の松島月に彼は感動の声を揚げた。彼はノーベル物理学賞の知らせを船上で知る。もちろん2008年先日の日本人４名受賞に沸く興奮と同じものが時の日本人にも伝わった。彼は近代化日本の姿に、失われつつある日本情緒の素晴らしさを忘れないでほしいと訴えた。科学者に必要なのは知識だけではない、郷土の自然に培われた高い精神性の尊さを会得することだと訴えた。皮肉にも彼の離婚は、受賞で得た褒章金を奪う事になる。しかし彼の偉大さは世界が認めた。私は昼の景色より、…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-12-15T23:07:57+09:00</dc:date>
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    <title>マジでS●Xしたいなら！</title>
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    <description>★いろいろ家出掲示板ってあるけどっ
家出少女ゲットするならココが一番！！！！
嘘じゃないから一回騙されたと思ってやってみて。。
気が付いたら俺みたいに常連になってるはずだよ♪</description>
    <dc:creator>親父さま</dc:creator>
    <dc:date>2008-11-22T13:57:34+09:00</dc:date>
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    <title>「松島やああ松島や・・・」60日で６５０のアクセスに感謝</title>
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    <description>ご覧戴き有り難うございます。お蔭様で８０００のアクセスから６０日で８６５０になりそうです。周知の通り「松島やああ松島や松島や」は有名ですが、これは文政三年（1820）に仙台藩儒学者・桜田欽斎が相模州狂歌師・田原坊の「松島やさて松島や松島や」を『松島図誌』に紹介した事に由来します。明治４３年「日英博覧会出品英文」の原文に、宮城県寺田祐之知事から依頼された矢野顕造氏が「松島やああ松島や松島や」と書いた事が『松島町史資料編〓』に明記されています。つい最近まで、多くの観光パンフレットに「芭蕉は松島で絶句し、松島やああ松島や松島…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-10-29T19:22:50+09:00</dc:date>
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    <title>松島明神・紫神社例大祭神輿渡御</title>
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    <description>嘉永６年（１８５３）、今から１５５年前の９月１９日の例大祭に大肝煎り・内海惣作、相澤吉良治、石田喜兵衛等の有志によって松島明神の雲版（鐘）が奉献されました。現存する神輿の完成も同じ頃と推察されます。本日平成２０年１０月１９日、小生の還暦（６０歳）神輿渡御も無事終えることが出来ました。塩竈神社氏子青年会、仙台市青葉神社、以下松島の日吉山王神社・初原天神社・磯崎稲荷神社氏子の皆さん・総勢百名のひとりとして御奉仕できたこと、幸せの一語に尽きる一日でした。２７歳の時、松島明神・紫神社氏子青年会発足以来、台風被災による一度…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-10-20T18:01:48+09:00</dc:date>
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    <title>ここだけの話ですが・・・・。芭蕉と政宗公の月</title>
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    <description>『おくの細道』の冒頭編に記された「松島の月まずこころにかかりて・・・・」の体験が、現在ＪＲ東日本のテレビ・コマーシャル（吉永小百合）「大人のしたいこと」で放映されています。芭蕉が松島で発句を断念した理由は「松島の月を眺めた感動」のためと伝えられています。
　中でもカメラで収められない絶景が仁王島と千貫島を照らす月明かりを舟から観る光景です。 仙台みやぎデストネーションの「本物の伊達」は、舟から松島の月を眺め、この島を持ち帰れば千貫の褒美を遣わすと語った政宗公の観月風情にあります。
　残念ながら、芭蕉は松島の舟…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-10-22T19:25:24+09:00</dc:date>
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    <title>『おくの細道』冒頭編</title>
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    <description>「松島の月まず心にかかりて」と記された名文の由来を調べてみた。観応年間（1351）の「慕帰絵」第６巻（国重要文化財指定・西本願寺所蔵）に松島の月が既に描かれている。時を同じくして、宗久が『都のつと』に「奥の細道」を記している。それより５０年前の徳治二年（1307）、２２年間島に籠り、修業した頼賢の高徳を伝えるために、円福寺（現在の瑞巖寺）の僧侶・２人が「奥の細道」を経て、鎌倉・建長寺第十世「一山一寧」を訪ねた。この一山が筆を染めた草書の碑文が翌年、松島・雄島に建てられた。これが「頼賢の碑」（国指定重要文化財）である。こう…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-10-22T23:24:42+09:00</dc:date>
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    <title>観光地松島の世界遺産登録申請とは？</title>
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    <description>９月２３日河北新報の朝刊に気になる興味深い二つの記事があった。一つが「座標」プロデユーサー・演出家吉川由実氏の記事である。良き観光地作りには「旅人と心通わす工夫が必要だ」と言う。「お客様を幸せにしたいという情熱」に感動した旅人の体験記事が掲載された。二つ目が「平泉の世界遺産登録を目指す」コンセプト見直しの記事である。平泉の文化遺産はユネスコの世界遺産委員会で登録延期が決定し、「わかりやすさを目指して」文化庁と岩手教・委・会は２０１１年の申請を目指すと言っている。さて、観光地・松島の世界遺産は、今どのように運動して…</description>
    <dc:creator>京野英一</dc:creator>
    <dc:date>2008-09-23T23:42:49+09:00</dc:date>
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