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大変遅レスで失礼しました。>河本さん、大熊さん
ようやくちょっと一区切りしましたので、ちょっとずつレスを。あんまり深いことも言えませんけど。
>「日本文化をさほど知らなくても理解可能な」とか「欧米人に受け入れやすいもの」
>とか考えがちですが、これは過保護かも知れないと
ううむ。確かに過保護かもしれませんね。
考えてみれば私ども、翻訳小説中で海外のなんだか良く分からない食べ物やら道具やら習慣やらの下りに遭っては、「なんだかわからないけど美味しそう」とか「あちらの暮らしってこういうもんか」とか思いながら読んでますからね。そういう出会いをきっかけに、違いも含めて愉しんでもらえれば一番いいんだけど。
ただ、自国・母国語圏の娯楽が溢れてるところに食い込むのはどうだろうか、と考えてもしまったんですけどね。なんとか「分からない名前や習慣」に出会ったとこで拒絶しないで、食いついて欲しいものですよね。しかし昨今は欧米や亜細亜の都市部でもスシバーが定着したりということもあるわけだから、また状況違ったりするでしょうか。(「クレヨンしんちゃん」が世界中で受けているというのも、もしかしてそれ? それとも生意気な悪ガキは万国共通なもの?)
極端な例だけど、一般的な米国人の頭の中にイメージできる世界は北アメリカ大陸くらいかもしれないと思ったり。別にその圏内から一生出なくて興味もなくたって、日常は何も困らないだろうと思ってるだろうし。(見たこともなくても、ハリウッド映画以外は要らないと思ってないかい、とかね)
でも言語圏を構成する人口で言えば、実は中国語の方が多いですよね。(最多は実は「ブロークン・イングリッシュ」だという説があるけど)外にはこーんな面白い物もあるのだよ、というアプローチは無駄ではないと思うのだけど。
それにしても「アフォリズム」という言葉に遭うと、実はそのたんびに脳内に、「懸命に外れたリズムを取っているアホの坂田師匠」が浮かぶあたくしって。(更に言うと「アフォーダンス」も同様……)
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