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Re:Lairs of the Hidden Gods 補足

 投稿者:ねこち  投稿日:2004年 7月15日(木)13時24分30秒
返信・引用
  このプロジェクトに関しては、昨年の11月頃から告知されていた(朝松氏のサイトで)
と記憶しているのですが、黒田藩プレスのそのページはいつ頃アップされたんでしょうか。
サイト内をあちこち見たのですが、ハッキリ書いてないですね。

第一弾を本年中に出す予定なのに、今ごろ翻訳者募集してていいんか? と思ったもの
ですから。原作アンソロジーが相当ボリュームがあるものなので、常時門戸はオープン
にしておこうということでしょうか。

それで色々見ていたら、著者、翻訳者にも、自作や自分が訳そうとしている本の売りこみ
を促していますね。
 

Re:Lairs of the Hidden Gods

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 7月15日(木)13時05分42秒
返信・引用
  >大熊さん、ねこちさん
 情報感謝。そういえば少し前に、朝松健氏が日記で書かれてましたかな。
 あれれ、でも確かに、文面は翻訳者募集の広告になってますね。サイト内の他のページだったか、どこかで、英語版第一巻の英訳タイトルと英訳者の名前が並んでいるのを見たような気がするのですが。(確か表紙イラストレーターも山田章博氏で出ていたはず)まだどこかに出てるのか、それとも削除して取り替えてしまったか。
 しかしここで求人というのは、何か翻訳者手配にアクシデントでもあったか、それとも今後の巻について準備のため、ということなのか。ちなみに翻訳応募者向けのTrial用テキストは、朝松健著「崑央の女王」の一部でした。

 ところで英訳となると私が気になっているのは、井上雅彦氏の作品「夜の聲 夜の旅」のいくつかの単語をどうするか、ということですな。「背」は大丈夫としても、「のど」とかは?
 

Re:Lairs of the Hidden Gods

 投稿者:ねこち  投稿日:2004年 7月15日(木)09時43分48秒
返信・引用
  >大熊さま
というか、こんな出版計画がありますよー
つきましては翻訳者募集、というお知らせのようですが
 

Lairs of the Hidden Gods

 投稿者:大熊宏俊  投稿日:2004年 7月14日(水)20時44分52秒
返信・引用
  『秘神界』の英訳本が、例の黒田藩プレスから、いよいよ出版されるようです。→Lairs of the Hidden Gods
ペーパーバックサイズで全4巻(各200p)とのこと。
 

ご無沙汰しておりました

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 7月 1日(木)18時54分52秒
返信・引用
   大変遅レスで失礼しました。>河本さん、大熊さん
 ようやくちょっと一区切りしましたので、ちょっとずつレスを。あんまり深いことも言えませんけど。

>「日本文化をさほど知らなくても理解可能な」とか「欧米人に受け入れやすいもの」
>とか考えがちですが、これは過保護かも知れないと

 ううむ。確かに過保護かもしれませんね。
 考えてみれば私ども、翻訳小説中で海外のなんだか良く分からない食べ物やら道具やら習慣やらの下りに遭っては、「なんだかわからないけど美味しそう」とか「あちらの暮らしってこういうもんか」とか思いながら読んでますからね。そういう出会いをきっかけに、違いも含めて愉しんでもらえれば一番いいんだけど。
 ただ、自国・母国語圏の娯楽が溢れてるところに食い込むのはどうだろうか、と考えてもしまったんですけどね。なんとか「分からない名前や習慣」に出会ったとこで拒絶しないで、食いついて欲しいものですよね。しかし昨今は欧米や亜細亜の都市部でもスシバーが定着したりということもあるわけだから、また状況違ったりするでしょうか。(「クレヨンしんちゃん」が世界中で受けているというのも、もしかしてそれ? それとも生意気な悪ガキは万国共通なもの?)

 極端な例だけど、一般的な米国人の頭の中にイメージできる世界は北アメリカ大陸くらいかもしれないと思ったり。別にその圏内から一生出なくて興味もなくたって、日常は何も困らないだろうと思ってるだろうし。(見たこともなくても、ハリウッド映画以外は要らないと思ってないかい、とかね)
 でも言語圏を構成する人口で言えば、実は中国語の方が多いですよね。(最多は実は「ブロークン・イングリッシュ」だという説があるけど)外にはこーんな面白い物もあるのだよ、というアプローチは無駄ではないと思うのだけど。

 それにしても「アフォリズム」という言葉に遭うと、実はそのたんびに脳内に、「懸命に外れたリズムを取っているアホの坂田師匠」が浮かぶあたくしって。(更に言うと「アフォーダンス」も同様……)
 

翻訳したいジュブナイル

 投稿者:大熊宏俊  投稿日:2004年 6月20日(日)17時45分33秒
返信・引用
  河本さん

>「日本文化をさほど知らなくても理解可能な」とか「欧米人に受け入れやすいもの」
>とか考えがちですが、これは過保護かも知れないと
私もそう思います。

>異人に羨ましいと感じさせるものを
となりますと、河本さんのおすすめはどんな作品になりますか?

今日「海からきたチフス」(原題「ゼロの怪物ヌル」)を読了しました。やはりジュブナイルの傑作ですよねえ。
これなんか外国で十分通用するのでは(ただし「日本文化をさほど知らなくても理解可能な」「欧米人に受け入れやすいもの」という意味で)。
その理由は、まず<科学的思考>によってストーリーが進行し解決されること。もうひとつは少年の成長物語であること。
科学的思考は万国共通でありますから、本書のストーリー展開は、個別文化的制約を殆ど受けていませんし、なんといいましてもメインアイデアのヌルが現在でも十分ユニークです(言葉や思考力までコピーするのは勇み足ですがもちろん許容範囲(^^;)。
また少年の成長物語も、ハインラインの例をひくまでもなく、広く米英で受け入れられやすい物語の形式です。
 

「警句」in数学

 投稿者:河本  投稿日:2004年 6月18日(金)15時48分44秒
返信・引用
   大熊さん、かずめさん
 異国の人々に読ませたい作品を考える際に、どうしても「日本文化をさほど知らなくても理解可能な」とか「欧米人に受け入れやすいもの」とか考えがちですが、これは過保護かも知れないと思うのです。

 例えば「クレヨンしんちゃん」が世界中で受けているそうだけど、あの「野原家の生活」ってだいたいは現代の都会の生活の標準として世界の誰もが理解可能な面もあるでしょうが、細かく見ればやはり世界の果ての不思議国のローカルな風俗・文化に属するものたちがたくさんあると思う。
 けど、そんな事実は、物語を楽しむのに全然問題になっていないようですね。

 最初は小松のものとかSFとかが、異国の人にとって読みやすいだろうと、お奨め作品に選びましたが、そんなこと気にせずに、「こんな異能な作家・ユニークな作家を日本人は読んでいるのだよ」と異人に羨ましいと感じさせるものを選べばよいのでしょうか。
    
 >アホリズム
 「美しい解を持つ方程式は、よい方程式である」、コウちゃん

 「微分のことは微分でせよ」、さる有名な数学者

 「ひとは数学の概念を理解できない、ただそれに馴れるだけである」、ノイマン
    
 

「平国家ニッポン」

 投稿者:大熊宏俊  投稿日:2004年 6月 5日(土)21時16分9秒
返信・引用
  >大熊さんの示された検索結果の数字からは、その違いは分からないとも思うのです。
私もそう思います(^^;。

>「アフォリズム」は新作書き下ろしの小説にも使いますか?
アフォリズムという言葉から直ちに連想されるのは、安部、三島、埴谷というところでしょうか(それから寺山も)。彼らはわたし的には同時代作家といえるのですが(三島は保留)、彼らに対してアフォリズムという言葉を使うことに、私は躊躇しませんし、実際に使ったことがあるはずです。たとえば安部公房の新作に対して使ったことがあります(「自分をだましたところで事実までだまされてくれるとは限らない」)。

かずめさんは、アフォリズムと箴言、警句に質的な差異を感じておられるようですが、私はほぼ同じ意味で理解しているようです。だから私が文章を書いているとき、アフォリズムという語を使った後、またその言葉を使う場面に遭遇したら、日本語の慣習に従って箴言に言い換えるだろうと思います。

したがって、
>なかなか勇気の要ることじゃないでしょうか
といった感じはありませんねえ。

>まだ評価の定まっていない文に「私はこれは『アフォリズム』と感じる」
>と提言しても、他人からは同意されないかも知れない
それは自分の感覚を信ずるだけのこと(^^;ゞ。
 
とはいってもこの21世紀日本の新鋭作家のなかに「アフォリズム」を認められるような文章家がいるとは、私も思えませんね。

>ヨコジュン先生のあのダジャレは一体どう訳すかというのが
それは全く意識していませんでした。ダジャレではなく全体から発せられる人を食ったような独特のぽわんとした雰囲気が、アメリカのSFファンには合うのではないかと。
管見では、ヨコジュンはダジャレに頼るようになって急速に衰えたという認識を持っています。初期もダジャレはありましたが、それに頼ってなかったです。
そういう意味で、「平国家ニッポン」(初出はあの伝説の別冊新評新鋭SF作家7人集)なんかいかがでしょうか。これはヨコジュンの最高傑作だと思っています。
 

ビッスン、野田大元帥、ヨコジュン先生について

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 6月 4日(金)15時08分1秒
返信・引用
   長くなったので発言分けました。

>>先日ビッスンを読んだのですが、これが野田さんぽかったり、ヨコジュンぽかったりして、
>>ふしぎな感じがしました。おそらくこの3者は、「語り」ということでくくれるように思
>>われるのですが、存外こういう作風は、(イギリスはいざ知らず)アメリカでは受けるの
>>ではないでしょうか。

 ビッスンの最近のというと、「ふたりジャネット」でしょうか。読んではいないのですが、センス・オブ・ワンダーながらほのぼの・飄々とした感じのようですね。
 だとすると、なるほど野田昌宏大元帥やヨコジュン先生の微笑ましい味わいに近いところがあるかもしれない。
 このあたりの人々を海外に売り込むのは、確かに面白そうです。スリル&サスペンス&テクノロジー・ギミックだけが売りとは限らない。(ハチャハチャはある意味スリルとサスペンスだけど)
 ただちょっと気になるのは、ヨコジュン先生のあのダジャレは一体どう訳すかというのが……;(ダジャレ物好きなんですよう、私は)
 

じゃ、折角だから「アフォリズム」について

 投稿者:管理人  投稿日:2004年 6月 4日(金)15時01分54秒
返信・引用
  >大熊さん
 いらっしゃいませ。サイトの方もしばらくご無沙汰しておりました。この機会にまとめて読ませていただきますね。

 で問題の「アフォリズム」について。「素人書評で」という書き方をしたせいで余計印象が良くなかったかもしれませんね。
 折角ですので下記のこの発言について、もうちょっと細かく書いてみます。翻訳にもいくらか関係する問題ですし。

 大熊さんの示されたグーグル結果になるほどと思うのですが。確かに私の読書生活は「文学」という語がよく使われる純文学系より、ミステリ・ホラー等のエンターテイメント系(中間小説、というかありていにジャンル小説)が中心ですし、そうしたジャンル関連では情報・レビュー・評論等でも「アフォリズム」という語はまずあまり見かけません。
 ただ、私も「アフォリズム」という語にさほど違和感を覚えない場合もあって。大熊さんの示された検索結果の数字からは、その違いは分からないとも思うのです。
 大熊さんはよく使われるということですからお訊きしたいのですが、「アフォリズム」は新作書き下ろしの小説にも使いますか?
 私が『無為の景物』に関する検索でみつけた発言中で、「アフォリズム」という言葉の使い方に違和感を覚えたのは、ここで「アフォリズム」とされているのが新作の小説中の記載だったことでした。しかも(おそらく)新人作家の。

 念のため確認しておくならば、辞書に拠れば
  アフォリズム [aphorism]
  簡潔な表現で人生・社会などの機微をうまく言い表した言葉や文。
  金言。警句。箴言(しんげん)。「芸術は長く、人生は短し」の類。
  (三省堂提供「大辞林 第二版」)


 こういう呼び方を、既に高い評価を得てしばしば引用されたりしている、世に知られた「名言」についてするなら分かるのですが。新しく出された文章について「これはアフォリズムだ」とするのは、なかなか勇気の要ることじゃないでしょうか。
 「アフォリズム」と認められるのは、世にありがちな事柄を、短い言葉でうまく掬い上げている文章だと思います。でも新作で、まだ評価の定まっていない文に「私はこれは『アフォリズム』と感じる」と提言しても、他人からは同意されないかも知れない。
 「いや全然勘違いだと思うし」とか
 「このくらいのことは誰でも言うよ、別に目新しくない」とか
 「穿った指摘とは思うけどあんまりいい表現じゃないな」という場合もあるでしょう。その文を「アフォリズム」とする人間のセンスも同時に問われるわけですよね。自分の鑑識眼への自信と、「それでもこの言葉を特に世に示す!」という気概が求められると思うのです。となると、アマチュアとしては幾分腰が引けませんか。

 まあアマチュアでも熱心な方はおられますが、アマチュアでしかもネット上の書評サイト等の場合、書評の読み手ももう少しお気軽な一般人が多いでしょう。出版製品としての質や売り上げに興味はなくて、もしかすると普段あんまり本なんて読まない人も「たまたま知ったこの本はどうなの」とチェックしにくる場合が多々あります。そういう読み手に対し、口語ではまず使われない「アフォリズム」という用語でどこまで伝わるか、という不安があると思うのですね。
 ま、アマチュアブックレビューサイトだからといって敷居を低くしようと心がけてるとは限りませんが。耳慣れない外来語をわざわざ使う必要はあるのか、と考えることはあるんじゃないでしょうか。

 ちなみに私自身が日頃「親しむジャンル」と、過去の「日本語経験」からすると「アフォリズム」という語は「意味は概ね分かるけど進んで使おうと思わない」ぐらいの位置づけになります。「警句」「名言」「箴言」に当たるでしょうが、そのままの対訳語とは言い難いニュアンスを感じるし。
 しかし「格言」の訳語としてまったら、世に言うことわざや故事成語にしか「アフォリズム」は使えないみたいですし。
 そのあたりを考えると、私には「これぞ新しき現代の諺!」とまで胸を張って示せる自信はないわけです。「アフォリズムふうの」とか「アフォリズムめいた」くらいならまあ許容範囲なのですが。
 敢えて言えば、島本和彦氏の漫画のキメ台詞などは、まあ「アフォリズム」と言ってもいいと思うのですが。(正しいかどうかとかはおくとして、面白いから。ちなみに私、「炎の言霊」は持ってます)
 

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